運命の人は自分を憐れまない人に微笑む

運命の人の微笑み

こんにちは^^中村まみです。

運命の人と出会うまでは悩みや苦しみなどの痛みを持ち続けることも多いです。

「運命」というぐらいですから、かなりの痛みになることもあります。

もちろん最上の喜びになることも多いのです。

そんな時、こんな痛みを持っている自分が憐れでかわいそうになってしまうことがあります。

この状態のとき、痛みを受け入れていることにはならないので、運命が微笑むことが難しいのです。

自分を憐れむということとは?

良くない家庭環境で育ってくることもあります。

いじめなどの辛い状況に置かれることもあります。

大好きな家族と何らかの理由で離別することもあります。

抱えきれないように感じる過去を持っていると、多くの苦しみや悲しみが心を占めます。

そんな時に「こんな痛みを経験しなくちゃならなかった可哀そう私」と憐む気持ちになることもあるかもしれません。

でもそこに留まったまま何かを羨んでいては、運命が微笑まないのです。

そこに留まったまま何かを羨んでいては、自分が愛される存在だということが分からなくなってしまうのです。

すると、運命の人も分からなくなり、あなたを見つけられません。

あなたと運命の人は文字通り、運命共同体なのですから。

包容力抜群のおばあちゃんになってみよう!

「よしよし、痛かったね。でももう大丈夫だよ、痛いの痛いの飛んでいけ~~~。ほら大丈夫!!」

包容力抜群のおばあちゃんならきっと転んで「痛いよ~~」と泣いている子にこう言うでしょう。

この時、おばあちゃんは痛がっているその子どもを憐れんでいません。

その子自身を温かく見守っています。

あなたの中にもそのおばあちゃんのような存在がいます。

たくさんの痛みがあると気づかないのですが、誰にでもそのおばあちゃんのように包容力抜群の自分がいるんです。

見守りの視点が運命の人との鍵になる

隠れている見守りの視点を育むことが運命の人との鍵になります。

この見守りの視点をが潜在意識の記憶を手放すにはとても重要だからです。

見守りの視点というのは、中庸な視点でもあるんです。

そこには痛みに留まったままの状態も痛みを与えたと思われる状態も、ただただエネルギーとして存在するだけなんです。

被害者という概念も加害者という概念もありません。

ただただ力強くエネルギーがうねっているのです。

以前 icon-external-link 別の記事で、エネルギーが怒りという形になったり、運命の人という形になったりすることをお伝えしました。

ですので、この見守りの視点は、苦しみや痛みのエネルギーを運命の人に変化させることができるのです。

運命の人があなたのことを見つける方法

もうちょっと別の視点からみてみます。

痛みを自分のせいでもなく、他人のせいでもなく、ただそこにある痛みという一つのエネルギーです。

私たちはそれを受け入れたとき、驚くほどのパワーをみせます。

その力強さ、やさしさや愛があなたの運命の人に届くのです。

そのエネルギーを目印に運命の人はやってきます。

自分の中の強さに驚くクライアントさん

セッションではクライアントさんとの共同作業で行い、どんな痛みでも大丈夫なんだという安心感の元で行います。

すると、その痛みを手放す度に力強さ、包容力、しなやかさが顔を出し、自分の強さに気づきます。

その自分自身の強さの発見にクライアントさん自身が驚きます。

どんなに心の痛みを持っていてもあなた自身が本来持っている美しさ、強さ、優しさは失われません。

それに気がついてビックリされます。

私たちは元々愛されている存在で、でもただそれが見えなくなっているだけなのです。

憐れみという幻想を脱ぎ捨て、本来のあなたになったとき、運命の人が微笑んでいることに気づくでしょう。


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