■本物の愛は幻想

こんにちは^^中村まみです。

本物の愛は幻想

ちょっと過激なタイトルをつけてみました^^

これは本物の愛は存在しないということではなくて、愛は段々と本物だということが分かってくる、本物になってくるということを言いたかったのです。

ものすごく険悪で離婚間際だったカップルが、見違えるほどお互いを思うようになったといった例がありますが、あれは本物じゃないと思っていた愛が本物だということが理解できたからです。

最初から本物の愛はそこにあるけど、たいてい私たちにはわかりません。

それが色々な出来事を通して、心のフィルターを外していくと、本物の愛がいつもあったことに気がつきます。

どこか別の場所に本物の愛があるのかもしれないと思っている、その想いが幻想です。

本物って最初からあるけど、それを本物にするのかは自分次第だということです。

それは才能でもそうかもしれません。

イチローが野球の練習を今よりも半分さぼっていたら、どうなっていたでしょうか?

アインシュタインが、エジソンが、自分のやっていた実験を諦めていたらどうなっていたでしょうか?

素晴らしい才能として受け取れたのは、彼らの努力だと思います。

愛も同じかもしれません。

本物の愛として受け取れるのは、自分たちの努力次第です。

なので、最初から本物の愛を相手に求めてしまうのは、正しいことなの?と感じてみて頂けたらなと思います。

「彼の愛は本物でしょうか?」

それを聞いてしまうのは、不安だからだと思います。

でもその不安は、あなたの中で愛についての『考え』を問い直すチャンスかなと思います。

「愛はなくなるもの」

「私は愛されない」

「愛なんて・・・」

その思いをちゃんと受け止めてあげましょう。

以前、私の愛の基準は紙コップでした^^;

紙コップみたいなもののように感じていたということです。

気がついたらいつのまにか、そのいう考え方になっていたのです。(思い込みのなせるワザ!)

紙コップって使い捨てですよね?

ということは、愛は使い捨てのように軽く、くしゃくしゃに潰されて捨てられてしまうものだと感じていたのです。

当然その思い込みのメガネで世界をみているのですから、「やっぱりそうなんだ~~~」と紙コップのような愛しか感じれませんでした。

これは私自身が相手に対してそういう扱いをしているという側面と、相手から紙コップのように軽んじられるような恋愛しかできなかったという側面があります。

「愛なんて壊れるんだから」という殺伐とした気持ちを抱いていたのは、もう傷つくのは嫌だったからです。

でもどこかで真実の愛を強烈に求めていました。

その愛で包んでほしいと思っていたのです。

私は源氏物語の宇治の十帖が大好きです。

身を引き裂かれるほどお互いに愛しあっているのに、最後に女性は「男女の垣根を越えて、御仏の御元で会いましょう」と永遠の別れを男性に告げます。

私がそこにとても惹かれたのは、真実の愛を感じさせてくれたからだと思います。

けれども私にとっての真実の愛は、探しても探しても見つかりませんでした。

でもあるときに、何十年も「真実の愛」というものに恋焦がれ、探し回って疲れ切って諦めたとき、初めてずっとここに、私が探し求めていた真実の愛があったことを知ったのです。

本当に灯台下暗しだと思いました^^;

声なきその「愛」は私を一生懸命に導いてくれていたと思います。

たくさんの失敗をしながらも、なんとか試行錯誤して今があります。

もし今、私がパートナーと別れることがあったとしても、パートナーとの真実の愛は壊れません。

もちろん傷つき、罵り合うかもしれませんが、その罵声すら受け止めてくれるのです。

あなたの中にもその真実の愛があります。

私はそれだけは100%真実であると断言できます。

だからもう愛を探さないでください。

ただそれに気がつくだけで、愛されていることを実感するでしょう。

そして、あなたのパートナーとの愛もそこにあるのです。

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